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吉田進の「パリからの演歌熱愛書簡」


 先日、「MEMORY」のコーナーに投稿していただたMOMさんから、当時の雑誌や新聞記事等
の貴重な資料をたくさん送っていただきました。その中に「サンデー毎日」(1980.10.12号)掲載の
吉田進さんによる「続 パリからの演歌熱愛書簡」というシリーズの第1信として山口百恵が取り
上げられているものがありました。タイトルは「自己凝視の凄まじさ 山口百恵 −『愛の悪徳』を
演じていま舞台を去る−」。

 百恵引退の年に、「山口百恵が音楽家としてどういう仕事を残したか」についてこんなに熱く語
られた百恵論が書かれていたことを初めて知りました。

 
早速著者の吉田進さんについて調べると、パリ在住の現代音楽作曲家でフランスで10数年間
音楽の研究をし、自分独自の音楽を思考した時に日本の「演歌」と出合ったということが分かりま
した。吉田進さんの言う「演歌」とは「歌を演じる」という意味で使われ、「合理的な西洋音楽の
美学の基準では捉えきれない、自由な音の動き。外見を取繕うことなく、人間の赤裸々な生き
ざまをぶつける凄まじいエネルギー。」と表現されています。
 そして、演歌の本質を抽出した上でそれを再構築して曲を書き、《演歌T》《演歌U》と題して
現代音楽祭等で演奏され、ヨーロッパにはない独自の音楽としてフランスでも好評を博しています。

 2005年11月9日には、パリクラブ主催の「パリからの演歌熱愛書簡 −パリの音楽界で演歌の
旋律が受けているがその秘密は?−」と題された文化講演会も開催されるなど、現在もその世
界を追求されているようです。


 吉田進さんについてますます興味が沸いてきた私は、「パリからの演歌熱愛書簡」という本が
1995に出版されていることを知り、早速ネットで購入しました。この本はすでに絶版となっており、
定価の3倍の値段がついていました。

 山口百恵は、引き際の見事さと決して復帰しないこと、そして引退後4半世紀が過ぎてもCDが
売れること等で伝説として語られてきました。もちろん、その事は素晴らしいことです。
しかし、「百恵Archives」では一番肝心な「山口百恵の音楽」について、もっと語り継いでいきたい
と願っています。今回、そのひとつとして吉田進さんの百恵論を掲載させていただきたいと思います。
ホームページ掲載の了解をいただきたいといろいろと模索したのですが、結局コンタクトのとり方が分
かりませんでした。関係者の皆様、何卒ご了承ください。
なお、TBSプリタニカ出版の「パリからの演歌熱愛書簡」には、「サンデー毎日」に掲載された文が
一部修正されて掲載されています。


  
吉田進プロフィール
 
   よしだ すすむ(作曲家)
  1947年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1972年渡仏。パリ国立高等音楽院
  対位法科(一等賞)。和声法科(二等賞)終了後、作曲科でオリヴィエ・メシアン氏に師事。
  パリ在住。作品に『カナカナ』、『色は匂へど』、『木霊 I、II、III』、『演歌 I、II、III、IV』などが
  ある。著書に『ラ・マルセイエーズ物語』(中公新書)、『パリからの演歌熱愛書簡』(TBSブリ
  タニカ)がある。




  ◆ 「山口百恵 演歌の前衛」
      

      T 短期間に目ざましく成長

      U カタカナ演歌の最高傑作《プレイバックPart2》

      V いつも心が歌のテクニックを上回っていた

        
「パリからの演歌熱愛書簡」(吉田進著 株式会社TBSプリタニカ発行)より抜粋