▲TOP 

 LIVE
 
■百恵ちゃんまつり
 第1回百恵ちゃん祭り   1975年8月28日〜31日   新宿コマ劇場
 第2回百恵ちゃんまつり   1976年8月28日〜31日   新宿コマ劇場 
 第3回百恵ちゃんまつり   1977年8月27日〜31日   新宿コマ劇場 
 第3回百恵ちゃんまつり(大阪公演)   1978年1月28日〜29日   梅田コマ劇場 
 第4回百恵ちゃんまつり   1978年8月25日〜31日   新宿コマ劇場 
 第5回百恵ちゃんまつり   1979年8月25日〜31日   新宿コマ劇場 
 第6回百恵ちゃんまつり   1980年8月27日〜31日   新宿コマ劇場 
 
 
 三人娘・涙の卒業式    1977年3月27日   日本武道館 
 山口百恵リサイタル 愛が詩にかわる時。   1979年10月1日・2日  東京・帝劇 
 1979年10月21日・22日   大阪厚生年金会館 
 1979年10月27日・28日   名古屋御園座
 MOMOE FINAL 「THIS IS MY TRIAL」   1980年9月30日   札幌真駒内アイスアリーナ 
 1980年10月2日   福岡九電記念体育館 
 1980年10月3日   大阪厚生年金会館 
 1980年10月4日   名古屋市民会館 
 1980年10月5日   日本武道館 

■地方公演 
1975年5月公演 
   山口百恵の当時のスケジュール表を見ると,土曜・日曜になると全国
  各地でライブを行っていたのが分かる。1日に2度のステージを行うこと
   も多かった。初期の頃は、決められた台本通りに語り歌っていたが、
   やがて「百恵プロジェクト」のスタッフと共に自分の意志で企画や構成  
   にも参加するようになっていく。 
   山口百恵の歴史を振り返る時、この地方公演における成長を決して
   忘れることはできない。    
 
1976年3月公演 
1976年7月公演 
1977年5月公演 
1978年7月公演 
1979年1月公演 
1980年3月公演 
1980年6月公演 
 
 
          
 写真撮影と生録音  
 
 
今では考えられないことであるが、当時のLIVEは写真撮影が認められていた。フラッシュ撮影は禁止されていたが、
三脚を持ち込んでの撮影もできたホリプロ・ファンクラブの通信欄でもLIVE生写真の交換が行われていたりもした。
「MOMOE LIVE」に使用している「地方公演」の写真と「第2回百恵ちゃんまつり」の写真は私が撮影した。
その他の写真は、当時友人から譲ってもらった物等である。(それぞれの写真は、クリックすると大きく表示できる。)
 そしてこれも今では信じられないことだが、コンサートを生録音することもできた。その頃は今のような小型レコーダーが
なかったため、私は大きなカセットレコーダーをかかえて生録音をしていた。当時のライブを記録したカセットテープは 
今でも大切に保存している。当時、コンサートを生録音していた人は結構たくさんいたので、貴重な音源がどこかで発掘
されないものだろうか。もし、生録音テープを所有しているという人がいたら、、「百恵Archives」にぜひご協力ください。 

 【COLUMN】 地方では実験を 石原 信一「青春かげろふ 山口百恵」)
 
 「訳詞してくれませんか?」1枚のレコードを百恵から渡された。シルビー・バルタンの 「ラ・レター」 という歌であった
 百恵はどんなに遅くとも部屋にこもってレコードを1時間は聞く習慣があった。
 「出来ればステージで歌いたくて,毎日聞いていたんです」
 針のすりへるまで聞いたはずのそのレコードを視聴しようとして驚いた。
 傷がどこにもなく,ラベルも真新しい印刷のまま・・・。ていねいに百恵は音を聞いていた。
 この執着心は尋常ではなかった。
 2週間後,かろうじて訳詞した原稿を百恵にみせると,うれしそうにバッグから赤いノートをとりだして写し出した。
 プレスリー,ロバータ・フラックのナンバーが細いインクの文字で,となりにびっしりしたためられていた。
  百恵の地方ショーは彼女自身が自由に構成している。「キルミー・ソフトリー」を大人びて歌えば,オールドポップスの
 「可愛いベイビー」が飛び出る。開幕のオーバーチュアに「ささやかな欲望」をアレンジして起用もする。
 「実験的といっては地方のお客様にすまないけど,試行錯誤の中で私のものにした歌を拾い集めて来年夏の新宿コマ
 リサイタルのストックにしたいんです。」 
  今年の新宿コマでバンドリーダーから言われた言葉が耳をついて離れない
 深夜のリハーサルから四日連続興業、1日3回公演の日もあり,終日は出演者の体力は限界であった。
 「百恵ちゃん,あなたの目の色が違うから,私達はついていけるんだよ。あなたのせいさ!」
 百恵は鏡を見た。いつもと変わらぬ素顔だった。
 そうだ,素顔が素直に迫力を増していったにちがいない。
 カメラの前で緊張しきってつくろう虚偽の顔ではなく,それは1番いい顔だ。
 「私は面食いなんです。」百恵の面食いとは,宇崎竜童を美男といわしめる。
 波に乗っている男の顔に百恵はほれる。いい素顔の男と女,そんな仲になりたいと思う。
 「どんなに小さな会場でもいい,お客様がひとりでもいい。ステージに上がりたい」
 歌とは素顔で歌うものと,百恵は分かりかけてきた。
    
                           
石原 信一 「青春かげろふ 山口百恵/第11章 素顔」より抜粋
                                  (「スポーツニッポン」昭和51年12月20日号掲載)