コモエスタ(校長だより)16号

校長室から、?コモエスタ?
鳴門西小学校 校長室便り 岩佐財三 
21年度 16号 平成21年 7月 1日(水)

  無事に実施できました!!  6年生の修学旅行

 メキシコから端を発した新型インフルエンザの影響で、延期になっていた修学旅行が無事に実施できた。奈良は空いていて、大仏殿の柱の穴くぐり(穴の大きさが、大仏の鼻の穴と同じ大きさ)もスムースにできたらしいし、金閣寺も混雑が少なくて楽だったという。その後に訪れた太秦(うずまさ)の映画村も観光客は少なくて、大人気のお化け屋敷も並ぶ時間が少なくてすんだようだ。
 6年生の担任をはじめ、学校関係者は今はホッとした気分。古都の歴史と文化が、少しでも子どもの心に残ってくれていたらうれしい。大阪城に復元された黄金の茶室もちゃんと見てきただろうか?

  芝植えおじさん

 先週から、鳥取方式と呼ばれる方法で芝生を植え始めた。試行程度の規模で、図工室前の中庭と小運動場のうんてい近辺だけだ。徳島市のように一面に芝生を敷き詰めるやり方ではなく、芝生の苗を1uに4株植え付ける方法だ。いきなり緑の絨毯ができあがるわけではない。9月ごろの完成を目指して作業を進めている。最近の私は、ただの芝植えおじさんだ。「校長先生、がんばってください。」という子どもの声が励みになる。


【】児童の作文:夢【】

   ゆめはメジャーリーガー  
 3年1組  OH
 ぼくのゆめは、プロ野きゅうせんしゅになることです。プロ野きゅうでかつやくしたいです。チームは、巨人のチームになりたいです。巨人でいっぱいかつやくしてメジャーリーガーになりたいです。メジャーリーガーでもかつやくしたいです。メジャーリーガーになるためにいっぱいれんしゅうしたいです。
 メジャーリーガーではサードをまもりたいです。バッターは2番になりたいです。2番でヒットをいっぱいうちたいです。しゅびもがんばりたいです。

   だいくさんがいいか? おししゃさんがいいか?
          3年2組  MM
 わたしは、しょう来、だいくさんか、おいしゃさんになりたいです。
 だいくさんになると、みんなのこえに答えて、みんなにあうおうちをつくりたいです。 おいしゃさんいなると、かぜをなおしたり、体や手や足がふじゆうな人のびょうきをなおしてあげたりします。また、おばあちゃんやおかあさんやおじいちゃんのびょうきをなおしてあげたいです。子どものびょうき、おとなのびょうきは、すこしずつなおしてあげたいです。

   まようなあ
          3年2組  NT
 ぼくは、イラストレーターと理科の学者でゆめをまよっています。イラストレーターは、すんごくうまいげいじゅつの絵を作る仕事です! いっぽう、理科の学者とは、理科の事をくわしく学んだりします。理科のじっけんを子どもたちに見せたり、たいけんしたりします。ぼくは、どっちのゆめの道にいけばいいか、わかりません。二つ、仕事ってできたらいいのに……。
 理科は楽しいし、じっけんもできる。イラストレーターは、絵をかく。ぼくは、絵をかくのがすきだからえらべません! だから、ぼくが大人になるまでわかりません!!


【】 南米千夜一夜 (コモエスタ セニョール)  その67 【】

  ペルーで出会った「おしん」

1991年の春休み、我が家はペルーに向かって出発した。見たいのはピサックにあるインディオの市場と空の要塞(ようさい)マチュピチュの遺跡である。
3月18日、エルドラド空港を朝の9時に出発してペルーに12時着。迎えにきたガイドの車に乗ってすぐ運転手が「時計に気を付けろ。」という。
「私は運転するから時計は右腕にしているんだ。」と、左ハンドルの車を運転しながら時計を見せる。ボゴタに赴任した当時も同じようなことを言われたが、今まで一度も時計を盗られそうになったことはない。しかし、リマの街を行く人々の様子を見るとその言葉がうなずける。ボゴタと比べて腕時計をしている人がうんと少ない。
リマ市内で眺める車の姿も、多くは旧式でみすぼらしい。ボゴタも相当に古い車が走っているがそれ以上だ。街はほこりっぽく、緑が少ない。ガイドの説明では年間の降雨量が50ミリ程度しかないと言う。
「それでは飲み水にも困るだろう?」と質問すると、
「アンデスの伏流水があるので心配ない。」と言う。ボゴタに暮らしてはや二年。いまだに怪しげなスペイン語しか使えないくせに、岩佐氏は生意気にガイドに質問までするのだった。
シェラトンホテルに着いて、テレビをつけてみる。随分とチャンネル数が多い。おやっ! 田中裕子だ。あれっ! 「おしん」だ。田中裕子がスペイン語でしゃべっている。場面はちょうど、おしんが路上に風呂敷を広げ反物を売ろうとしているところだった。ホテルのすぐそばの路上で見かけた物売りの姿と変わりない。後に、リマに住む知人に尋ねたところ、このリマでも「おしん」は大人気だという。おしんの時代の日本と今のペルーの状態がきっと似ているのだろう。それだけではない。おしんの耐える姿そのものに共感する人々が多いのだろう。それだけペルーの経済状態は悪いし、政情も不安定だ。日系のフジモリ氏が大統領に選ばれたのは1990年のことだが、国の改革は困難を極めていた。
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