●農薬に関する報道は,外国の新聞の「日本人,幼児を誘拐」の類である。

農薬には発癌性や変異原性がある。少量の残留農薬でも長期間摂取すれば体内に蓄積する。このような報道が巷にあふれている。発癌性や変異原性などは化合物の性質であり,農薬の性質ではない。犯罪をおこすのは個人であって日本人でないように。

【99/12/18作成,02/09/23補足】

まず,以前流行った「あるなしクイズ」を出題する。できれば,答えを見ずに少しお考えいただきたい。

 

ある
ない
1
窒素
酸素
2
二酸化炭素
一酸化炭素
3
ケイソウ土
鹿沼土
4
アスファルト
コンクリート
5
シイタケ成分
マツタケ成分
6
イオウ
硝石
7
セッケン
シャンプー
8
マシン油
サラダ油
9
なたね油
ごま油
10
重曹
コムギ粉
11
ボルドー
アルザス
12
硫酸銅
硝酸銀
13
マラソン
百メートル走
14
カスガマイシン
カナマイシン
15
ニコチン
タール
16
ロテノン
フィゾスチグミン
17
こうじ菌産生物
大腸菌産生物
18
BT毒素
志賀毒素
19
青酸
青い珊瑚礁
20
除虫菊
女中のキクさん
 

さて,何問目で気付かれたであろうか。
答えはもちろん農薬登録である。

日本では寄生蜂など天敵も農薬として扱われるから,「ハチにあってチョウになく,ダニにあってノミにない。」などを入れることもできたが,ここでは物質について議論したかったため省いた。

以下,若干補足する。

窒素は正しくは液化窒素であり,モグラの防除に用いる。巣穴に液化窒素を流し込み酸欠死させるのである。
二酸化炭素は燻蒸用である。
ケイソウ土は貯穀害虫に対してポストハーベストとして使われる。
アスファルトは野ウサギ等の忌避剤である。
シイタケは
シイタケ菌糸体抽出物に農薬登録が得られている。
イオウはフロアブル剤が殺菌剤に用いられる。結構重要な殺菌剤である。
セッケンは高級脂肪酸ナトリウム塩の意味であるが,虫に直接散布すれば気門を封鎖し窒息死させることができる。そのため,セッケンの1つであるオレイン酸ナトリウムについて農薬登録が得られている。

余談だが,以前有吉佐和子女史が中性洗剤の危険性をいう際に,中性洗剤をゴキブリにかければ死ぬという「実験」を行っていた。セッケンが殺虫剤になるのと同じ理屈である。女史の結論は危険な中性洗剤をやめてセッケンを使おうというものであったが,それならなぜ対照としてセッケン溶液でも同じ「実験」をやらなかったのだろう。論理的思考訓練の不足がその原因であろうか。

マシン油(機械油)は土壌燻蒸剤を除けば日本でもっとも多量に用いられている殺虫剤成分である。リンゴの殺ダニ用が有名である。なぜ,マシン油の使用量が多いのかについては後述する。
なたね油も同様に使われる。江戸時代には鯨油が米作でのウンカヨコバイの防除に使われたが,さすがに今は用いられない。
重曹も殺菌剤の成分である。
ボルドーは正しくは
ボルドー液で,硫酸銅に生石灰を加えたものである。フランスのボルドー地方でブドウの殺菌剤として使われ始めたことからこの名がある。
銅を含む化合物には殺菌作用があり,
硫酸銅のような無機化合物からオーキシン銅などのキレート銅,さらには有機酸の銅塩なども農薬として登録されている。
マラソンは有機リン系殺虫剤の活性成分である。
カスガマイシンのようにタンク培養で作られる抗生物質にも農薬がある。因みに,カスガマイシンを産生する細菌は春日神社の土から得られている。
ロテノンはデリスの根に含まれる殺虫成分である。原住民はデリスを魚を麻痺させて捕るために用いていた。
BTは桿菌であるバチルス・チューリンゲンシスのことで,虫に対し摂食毒性のある蛋白毒素をつくる。この蛋白を作る遺伝子は遺伝子組換え作物に応用されている。

余談であるが,ここに揚げた農薬についても使えば無農薬栽培にはならない。液化窒素であろうとシイタケ菌糸体抽出物のような天然成分であろうと例外にはならない。一方,農薬登録のない木酢液を使えば無農薬栽培にできる。多少の化学知識があれば木酢液に発癌性があることなど容易に想像できる。木酢液にはこのように安全性に問題があるため,農薬登録を取得できる可能性はない。要するに,木酢液は発癌性があるから使っても無農薬となるのである。

ここにはあえて有機合成農薬とはいいがたい農薬の成分を揚げたが,日本で登録されている農薬成分の1/4ないし1/3はこのような天然物や無機物やごく簡単な有機化合物である。決して,特異な例外を集めたわけではない。農薬には,切れ味鋭い日本刀のような剤と,あまり切れないがいろんな目的で使い続けることのできるナタのような剤がある。殺菌剤であれば,まずイオウなどの単純な農薬を散布してできるだけ作物が病気にかからないようにしておき,罹ってしまったら病気に応じて抗生物質などで治すと考えればよいだろう。効きめは悪いが何にでも効く無機物も有用な農薬なのである。ピレスロイドとマシン油もこの典型である。ピレスロイドは感受性の虫には極微量で効くが,効く虫が限られ抵抗性の発達も早い。一方,マシン油は物理的に虫を殺すためピレスロイドの100倍から1000倍散布する必要があるが,抵抗性の問題はない。

「ナタ」に相当する無機物などは大量に散布する必要がある。単に日本で使われる農薬の活性本体の量を比較すれば,ここにあげたような無機化合物などが農薬の大半を占めるといって過言ではない。イオウやマシン油などを有機合成農薬に代えれば農薬活性成分の散布量を激減させることができるが,これは愚かな考えというべきであろう。

とにかく,注意していただきたいのは表にあげた農薬成分の物性や分子構造や毒性や環境中での挙動などのバリエーションの大きさである。有機合成農薬にもこれに匹敵するバリエーションがある。これらをひとまとめにして「農薬には」という方がいれば,それはNHKなどの報道を鵜呑みにするだけで考える習慣を有していない人といって差し支えないだろう。

【02/09/23 補足】 殺鼠剤である液化窒素の農薬登録は平成13年9月22日に失効した。 

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