●オンコル私史外伝
No. 01 なぜオンコルはアドバンテージに勝てたのか。

【11/07/06作成】

日産化学(自称「技術の日産」,但し,自動車会社との関係はない)アドバンテージ粒剤51983年に販売が開始された。同様の化学構造(カルボフランのアミノスルフェニル誘導体)を有し,同じ箱施用剤で対象害虫も同じ大塚化学のオンコル粒剤5の販売開始は1986年である。アドバンテージ粒剤より殺虫活性が優れているとはいえ,「抜群に」とまではいえず,追い上げは苦しいと思われた。先行製品の有意性は容易には突き崩せない。

しかも,オンコル粒剤5に脅威を感じた「技術の」日産化学はアドバンテージ粒剤5を改良し,新しい粒剤の製造を始めた。この新粒剤を大塚化学の研究所で研究者が試験したところ,オンコル粒剤5より優れた殺虫活性を示した。そこで,私はこの新粒剤の組成を知るためまず溶出率の試験(粒剤から経時的に有効成分が溶出する量)からはじめることとし,予備試験として少量の粒剤をサンプル管にとり,水を加えて振ってみた。そして,驚愕した。水が白濁し,泡がたったのである。調べると,振るだけで50%程度の有効成分が溶出されていた。これでは,乳剤を含浸させた粒状の剤で,普通の粒剤とはとても云えないものであった。

私はこの事実を上司に報告し,これほど旧粒剤とかけ離れた剤なら,急性魚毒性試験,ミジンコ急性遊泳阻害試験,藻類生長阻害試験はもちろん田面水濃度の消長や河川への流出量の推定まですべてやり直す必要があるから,販売まで最低でも1年は要するだろうとコメントした。しかし,登録担当者からは有効成分の変わらない粒剤だから軽微変更届だけで変更できるとの回答があった。

しかし,たとえ登録上どうなっていようとも,これらの試験を行うことは責任ある農薬会社なら当然のことである。当時の私は日産化学に農薬を製造する資格はないと考え,同時に日産化学の研究員の苦労を思った。

大塚化学の当時の農薬部門の責任者(通称クロさん)は,新アドバンテージ粒剤5の殺虫活性の向上を聞き,オンコルでも同じ製剤を作れと命じた。私たちは当然のことのようにこれを無視した。もちろん,それができたのは,入社時から上司であった後藤さんたちがいたからである。

箱施用剤としてのオンコル粒剤の設計は難しい。長期間殺虫活性を維持するためには,ゆっくりと溶出すれば良いと考えるだろうが,そう簡単ではない。有効成分のベンフラカルブは土に強く吸着する。ゆっくりと溶出させれば,イネの根が深くなるため,粒剤周辺に存在する有効成分は付近に生きた根がないため無意味になる。ベンフラカルブはアドバンテージ粒剤の有効成分であるカルボスルファンに比べて根からイネに取り込まれやすい。それが,オンコル粒剤がアドバンテージ粒剤より優れている理由の1つである。アドバンテージ新粒剤は,有効成分を一挙に溶出させることにより,有効成分の存在する深い土壌層を作り,そこで代謝物であり,本当の有効成分であるカルボフランに分解させて根からとりこませようと考え,設計したものと思われる。一挙に溶出させた方が長期間殺虫活性を維持できる場合もある。しかし,カルボフランは土壌に吸着されにくく,これでは地下水や河川の汚染の惧れがある。ライシメータ試験で十分検討することなく,このような製剤変更をすべきではない。なお,オンコル粒剤では短期間に溶出させることは,殺虫活性の維持に繋がらない。

翌年,事件が勃発した。アドバンテージ粒剤5を施用した田で苗の枯死が頻発したのである。アドバンテージ粒剤5は箱施用剤であるから,田植え機にセットする箱に播種し,稲がある程度育った段階で上から粒剤をぱらぱらと撒き,苗の葉の上に残った粒剤を手で振い落としたのち,散水する。研究者がこの操作を行えば,念入りに粒剤を振い落とすが,農家なら軽く振い落とすだけで済ませる。葉の上に残ったアドバンテージの「粒剤もどき」に水をかければ,含まれる大量の界面活性剤が溶出し,葉の上に広がる。

よく中性洗剤の危険性を示すため,脱脂綿に中性洗剤を含む水を加え,カイワレ大根を育てる「実験」を行うことがある。この実験では,中性洗剤によってカイワレ大根の葉や茎に薄い水の膜ができ,呼吸困難でカイワレ大根は枯死(いわば溺死)する。アドバンテージ新粒剤でも同じ現象が生じ,「薬害(農薬分野での使い方;医薬品とは異なる)」が生じた。

薬害は怖い。あえて云うが,誤用などにより死者が出るより恐ろしい。製品の信頼性が完全に失われる。しかし,我々はこの機に乗じてオンコル粒剤5を売ったわけではない。営業部員には,アドバンテージ粒剤5や日産化学を誹謗中傷するような行為は厳に慎むよう命令されていた。もし,これを行えば,前農薬年度以前にアドバンテージ粒剤5を薦めた「農協の偉い人」の顔をつぶし,今後の商売に響くためである。

しかし,その後,オンコル粒剤5は売れに売れ,一時,日本で最も売れた農薬になった。その後,「祇園精舎の鐘の声」を聞くことになったのは御存じのことと思う。

日産化学からはその後さまざまな手段で嫌がらせを受けた。特に,オンコルを狙い撃ちした「嫌がらせ特許」には悩ませられた。農薬には混合剤があり,他の農薬会社との付き合いもあるのだが,大塚化学を退職した今はこれを考慮する必要はない。時間ができれば,日産化学の最近の合成関連特許を調べて,私なら次にどのような化合物を合成するか考え,その化学構造式をこのホームページに書き並べて公知にしてやろう。そのような復讐を密かに企んでいる。

 

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